第九
【だいく】
「第九」は、なぜ年末の行事になったのか?
年末といえば「第九」。日本では年末にベートーベンの「交響曲第九番〈合唱〉」のコンサートが連日のように開かれる。ドイツでも大晦日に第九を演奏することがあるようだが、ほかのヨーロッパ諸国に共通した風習ではない。アマチュアからプロまで、たくさんのオーケストラや合唱団が、われもわれもとコンサートを開く光景は日本だけのものといってよいだろう。では、なぜ年末に「第九」のコンサートが開かれるようになったのだろうか。「年末の第九」は一九四七(昭和二二)年一二月九日から一三日に、日本交響楽団(現在のNHK交響楽団)が「第九」のコンサートを開いたのがはじまりとされている。戦後間もない時期、人々は自分が食べるのに一生懸命でクラシックのコンサートを楽しむ余裕などない。楽団員も低収入で生活が苦しい者がほとんどだった。そこで、「お客を呼べる第九」をプログラムに組んだコンサートを開くことで、年越しの資金を得ようというのがそもそもの発想だったという。大勢の合唱団がつく第九を演奏するとなれば、合唱団員の家族や友人が聴きにくることも見込まれる。「第九」は楽団の臨時収入が増えると考えたプログラムだったのである。ところで、第九の日本初演は、一九一八(大正七)年、徳島県鳴門市にあった板東捕虜収容所で、第一次世界大戦で捕虜になったドイツ軍兵士たちによっておこなわれたとされている。このエピソードは映画化もされたのでご存知の方も多いだろう。また、一九八九年年末、東西を隔てていた壁が崩壊したベルリンで第九のコンサートが開かれた。第四楽章に「歓喜の歌」と呼ばれる独唱と合唱が入り、劇的な要素に満ちた第九は、年末に演奏されるにふさわしい曲なのかもしれない。
| 東京書籍 (著:東京雑学研究会) 「雑学大全2」 JLogosID : 14820509 |