▼イサキ料理は水なますに尽きる
イサキは定置網や刺網、釣りで漁獲され、また遊漁船の格好の対象でもある。千葉県富浦町の沖合には大型のイサキが多く生息し、漁師も釣人も一本釣りでこの魚を狙っている。ぼくもこの好漁場でイサキ釣りに興じるのが楽しみで、幾度となく乗合船に乗り込んだ。またここではイサキの漁師料理をいくつか教えてもらった。塩焼き、煮付け、から揚げ、吸い物、ムニエルなど、イサキはどんな料理にも向く。それでも房総の漁師がよく作る水なますのうまさには、古今東西のどのイサキ料理もかなわないとぼくは断言したい。
某日、イサキ釣りを終えて船宿で一休みしていると、目の前にポンと見なれぬ料理が置かれた。氷水に魚のミンチが浮かんでいる。生臭いだろうなあと思って、食べるのを躊躇していると、それを察した船頭が「まずは食べてみろや」。こわごわ試食してみると、なんとも清涼な味わいで、生臭いどころか口の中がさっぱりする。あっという間にどんぶり一杯をたいらげてしまったぼくを見て、船頭はしてやったりとニヤリ。生魚と冷たい水とを取り合わせる料理なんて、世界のどこにもないにちがいない。傑作料理を生みだした房総の漁師の知恵に、つくづく感服した。その料理が水なますだ。
| 東京書籍 (著:東京書籍) 「旬のうまい魚を知る本」 JLogosID : 14070404 |