伊能忠敬②
【いのうただたか】
日本全国を踏破した地学者は、実は健脚ではなかった!
忠敬が測量の旅に出た五六歳という年齢は、男子の平均年齢が四〇歳ぐらいだった時代にあって、すでに老人と呼ぶにふさわしいもの。五〇歳を過ぎてから勉学をはじめたことにも驚かされるが、五五歳という晩年にこれほどの大事業に乗り出し、成功させたのは驚異的といえるだろう。まさに「元気なおじいちゃん」といったイメージだが、では実際の忠敬は、それほど強健な体力を持ち合わせていたのだろうか?実は忠敬は強健でも健脚でもなく、どちらかといえば病弱でひ弱だったといわれている。幼少の頃から身体が弱く、二一歳のときにはかなり長い間、病の床に伏した生活をしている。晩年も同様で、喘息の持病があり、寒さに弱い体質だったことから、風邪や発熱に何度も悩まされた。肖像画を見ても、体型は痩せ型で、決して強健な肉体を持っているとはいい難い。旅先でも何度も病気になり、後年は老齢のために歯も弱くなって、ろくに物が食べられないと悩んでもいたようで、彼の偉業は肉体的にかなりの苦労をともなっていたようだ。
| 東京書籍 (著:東京雑学研究会) 「雑学大全2」 JLogosID : 14820057 |