活けづくり
【いけづくり】
見た目には美しいが、「苦しんだ」魚のお味は?
外国人にとっては野蛮に思うかもしれない日本の伝統文化の一つ、活けづくり。ひくひくとまだ痙攣の残っている魚の切り身をつまむというわけだが、日本人にとっても、「新鮮だ」という人と「かわいそう」と思う人と、評価が真っ二つに分かれるところだろう。この活けづくり、意外に身近で、ちょっとした居酒屋や、旅館の夕食のサービスとしてもよくつくられたりするものだ。文化というより、むしろ魚が新鮮であるということをアピールするための効果的な作戦として、パフォーマンスの一種になっている部分が大きいのだ。そのため、正式に料理の文献などに登場することはほとんどないことから、その歴史も不明な部分が多い。個人の雑記などによる登場は、明治時代以降が多いとされているが、これは流通経路の整備にともなって、鮮魚の流通が容易になったことが大きな理由となっている。さて、活けづくりの「お味」に話題を変えよう。テレビなどの旅行番組で漁師が水揚げしたばかりの新鮮な魚をさばいて食べるところは、おいしそうに見える。そのイメージで、活けづくりがいちばんうまいはずだ、と思う方も多いかもしれない。ところが、死ぬ直前に激しく暴れてしまった魚からはうま味成分が減少し、本当のうまさが出ていないという意見がある。魚のうま味は、グルタミン酸とイノシン酸。グルタミン酸は最初から魚の身にふくまれているのだが、イノシン酸は魚が死んだ後に、魚の身のなかに含まれるATP物質の分解でできる。そのため、魚が激しく暴れているところを押さえつけられてさばかれるときに、大量のエネルギーを消耗すると、ATPが身のなかに残らず、うま味であるイノシン酸をつくり出しにくくなってしまうのである。最も魚がおいしい状態で食べられるのは、捕獲後すぐに魚の頭を切り落として、暴れる前に処理するのがコツのようだ。そうすると、ATPが多く残っているから、十分にうま味成分を引き出してくれることとなる。
| 東京書籍 (著:東京雑学研究会) 「雑学大全2」 JLogosID : 14820038 |