わが家のすき焼きは関東風
肉といえば牛肉、牛肉といえば大正生まれの私の思い出には、まずすき焼き。わが家に限らず、戦前、一般家庭のいちばんのご馳走といえばすき焼きでした。すき焼きには関東風、関西風と二通りあって、わが家は関東風。鉄鍋を十分に熱くしてから牛脂の白い塊を鍋底にこすりつけ、脂肪がにじみ出たところで肉を一切れずつ並べ入れ、割下を加えて煮立て、まず肉から食べます。続いて肉のほか、焼き豆腐、しらたき、ねぎなどの具を加えて煮ては、溶き卵をつけて食べます。
一方、関西風は割下は使わず、肉を焼きつけたら砂糖としょうゆを加えながら煮て、汁が煮詰まってきたら野菜や水と酒を加えます。私がはじめて出会ったのは京都で、肉が見えなくなるほどの砂糖を振りかけるのでびっくりしました。すき焼きの語源は、獣肉を口にすることが禁じられていた江戸時代、鹿や猪などを薬食といって鉄製の農具「鋤」を使って戸外で焼いて食べたからと聞くと、関西風のほうが原点かなと思います。
料理屋でも家でも、すき焼きの場合の鍋奉行はたいていが家長で、私も父の味、夫の味とそれぞれの思い出があります。具は春菊、白菜、玉ねぎなど地方によって違うのも話題になって座を盛り上げます。
| 東京書籍 (著:岸 朝子/選) 「東京五つ星の肉料理」 JLogosID : 14070899 |