夏目漱石②
【なつめそうせき】
『吾輩は猫である』の猫は、実在した
明治の文豪、夏目漱石の作品のなかでも、猫が主人公という独特の設定とユーモラスな筆致で、いまでも多くの人に読まれている名作文学『吾輩は猫である』。この作品の主人公である猫にはモデルがいた。それは、夏目漱石の家に住みついてしまった野良猫である。夏目漱石はどちらかというと犬派で、妻も猫嫌いだったというから、二人とも野良猫がふらりと家にやってきたのは迷惑だった。そこで、猫を外に放り出すのだが、この猫は相当に図太い性格で、翌朝にはまた漱石の家にふらりとやってきた。どんなに追い出しても必ず戻ってくるため、とうとう漱石のほうが根負けして、その猫を放り出すのをあきらめてしまった。そういう事情のためか、漱石はこの猫に名前をつけてやらなかった。「吾輩は猫である。名前はまだ無い」というわけである。そして、小説同様、ずっと名前はなかったのである。漱石のこの猫への対応は、自分の飼い猫というよりも、その猫が家にいるのを見て見ぬふりをする程度のものだった。それでも、なにかしらこの猫を呼ばなくてはならないときは、「ネコ」と呼んだそうだ。そんな漱石だが、いくどかの引っ越しにも、この猫を連れていったのだから、あながち迷惑なだけの存在ではなかったのかもしれない。そのうえ、猫が死んでしまうと、墓をつくってやり、追悼の句まで添えたというから、漱石にとっては迷惑ながら気になる存在だったのだろう。いずれにしても、この猫がそれほど漱石の私生活を脅かしたおかげで、あの傑作が生まれたのである。
| 東京書籍 (著:東京雑学研究会) 「雑学大全2」 JLogosID : 14820644 |