源頼朝と北条政子③
【みなもとのよりともとほうじょうまさこ】
■6 源頼朝と北条政子③…静御前の舞に自らの想いを重ねる
源義経が兄・頼朝に反旗を翻したため、頼朝は義経の愛妾・静御前を吉野山で捕らえて、鎌倉に連行した。1186年のことである。
静は義経の行方を詰問されるが、何も答えなかった。頼朝はまた、静が名高い白拍子、つまり舞の達人だったので、その舞を見たいと所望したが、これも断り続けた。
しかしついに、源氏の繁栄を詣でる鶴岡八幡宮の舞台で、舞を舞うことになった。
「よしの山 峰の白雪 踏みわけて
入りにし人の あとぞ恋しき」
「静や静 しずのおだまき くり返し
昔を今に なすよしもがな」
静は、切々と義経への想いを歌い舞った。
これを見た頼朝は、
「反逆者への想いを私の前で歌うとは何事ぞ!」と激怒した。
これに対して、頼朝の横にいた政子は、
「何をおっしゃいます。私が父に結婚を反対され、伊豆山権現にいるあなたのもとへ駆けていったとき、これと同じ気持ちでしたし、石橋山の戦い(1180年に伊豆から東進を試みた頼朝を平氏方・大庭景親が破った一戦)であなたが生死不明になったおりも、同じ心境でおりました。恋しい人を慕う心、それをどうして責めることができましょう」と、たしなめたという。
静の舞に託して「糟糠の妻」(貧乏なときから苦労を共にしてきた妻という意味)である自分の大切さを、頼朝にアピールしたのだろう。
さすがの頼朝も、返す言葉がなかったという。
| 日本実業出版 (著:河合敦) 「日本史の雑学事典」 JLogosID : 14625082 |