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日本史の雑学事典第5章 政(まつりごと)の巻 > 戦国時代

貨幣制度
【かへいせいど】

■3 日本の貨幣制度はどうやって普及したのか…武田信玄の甲州金はポルトガル金貨の模造品?
 日本では、708年の和同開珎から始まって、古代約250年間に大和朝廷が全部で12種類の銅銭を製造したといい、俗にこれを「皇朝十二銭」と称した。
 ところが数年前、和同開珎の前に富本銭という貨幣が鋳造されていたことがほぼ確実となり、近く教科書は、皇朝十三銭に書き換えなくてはならなくなるはずだ。
 朝廷はこのほか、2種類の銀貨(和同開珎と太平元宝)と1種類の金貨(開基勝宝)も発行している。
 ただ、こうした貨幣を造ってみても、日本ではどういうわけかなかなか流通せず、ついに朝廷も貨幣の鋳造をやめてしまった
 しかし、鎌倉時代に入ると、だんだんと貨幣経済が発達してくる。ただし、このとき使用された貨幣は、自国で製造したものではなく、宋や明から大量に輸入した銅銭(渡来銭)だった。
 こうした状況は、戦国時代まで続いた。ようやく金・銀・銅の貨幣が国内で鋳造され、全国的に出回るようになったのは、江戸時代以降のことだ。慶長小判や寛永通宝といった貨幣は、その代表的なものである
 ところで、地域的ではあったが、戦国時代、開基勝宝以来800年ぶりに定量金貨を造り、領内に流通させた戦国武将がいる。武田信玄である
 信玄の有する甲斐や駿河は金鉱が豊富で、莫大な金が採れたため、これを用いて「甲州金」と呼ばれる金貨を鋳造したのである
 当時の金は、砂金として持ち歩き、秤で計って取引されるか、延べ板にしておき、やはり売買のさい、必要量を鑿で割って使っていた。ゆえに甲州金は画期的だといえた。
 しかも甲州金貨は、ポルトガルの金貨に似ており、まん丸で、周囲に点が刻印されてあるのが特徴だった。
 両(約15g)、分(=1/4両)、朱(=1/4分)といった重量を基準とした額面金額が表示された日本で初めての計数貨幣で、徳川幕府も幣制統一のとき参考にしたという。
 当時の人々に非常に喜ばれ、領外にもかなりの量が持ち出されたようだ




日本実業出版 (著:河合敦)
「日本史の雑学事典」
JLogosID : 14625054


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出版社:日本実業出版社[link]
編集:河合敦
価格:1,404
収録数:136語
サイズ:18.6x13x2.2cm(四六判)
発売日:2002年6月
ISBN:978-4534034137

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