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暦の雑学事典3章 暦の進化史 >

古代ローマ暦
【こだいろーまれき】

暦を年末調整

◆最古のローマ暦の一年は一〇か月しかなかった
 ローマの建国は西暦前八世紀頃といわれる。当時のローマはまだ地中海世界の辺境にすぎなかった。伝説によれば狼に育てられたという双子の兄弟の一人ロムルスが初代の王で、彼はローマ最古の暦を制定したという。これはロムルス暦と呼ばれる。
 ロムルス暦においては一年はマルチウス(春分の頃)に始まり、デケンベル(冬至の頃)に終わる一〇か月であった。その日数は三〇四日しかなく、残りは冬ごもりの期間として一年に計上されなかった。このことからわかるようにロムルス暦は天体の運行とほとんど関係のない自然暦であった。一年の日数など関心外だったのである
 第二代の王ヌマ・ポンピリウス(西暦前七世紀頃)は、ロムルス暦の後ろにヤヌアリウスとフェブルアリウスの二か月を付け加え、一年を一二か月とした。これによって一年は三五五日となったが、一太陽年との間に一〇日ほどの差ができる。そこで、二年ごとに閏月が二月二三日の後ろに挿入された。なぜ、二月二三日の後ろに閏月が置かれるかというと、古代ローマでは二月二三日はテルミヌスという境界神(日本のフナトの神、道祖神のようなもの)の祭日(テルミナリア祭)で、人々は犠牲を捧げ、宴を張る習わしがあったことによる。土地の境界神は一年の境界神としても崇拝されたのだろう
◆共和制末期には三か月ものずれ
 古代ローマにおいて、二月二三日のテルミナリア祭から春分までは、いわば一年のつじつまを合わせるための調節期間で、その日数もかなり流動的なものだった。実際、為政者や祭司が、自分に有利になるように閏月を挿入したり省略したりするという暦の政治的操作が横行したという。このため、共和制末期には太陽の運行と暦との間に、三か月以上ものずれが生じてしまった。これに業を煮やしたユリウス・カエサルは、西暦前四六年、エジプトの太陽暦の採用による大改暦を断行した。これがグレゴリオ暦の前身にあたるユリウス暦である。歴史に「もし」は許されないが、もしカエサルの運命あるいは性格が少しでも違ったものだったら、ヨーロッパにおける太陽暦の導入はずっと遅れていたはずだ。




日本実業出版社 (著:吉岡 安之)
「暦の雑学事典」
JLogosID : 5040055


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出版社:日本実業出版社[link]
編集:吉岡 安之
価格:1,404
収録数:198
サイズ:18x13x1.8cm(-)
発売日:1999年12月
ISBN:978-4534030214

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