汁と薬味
旨いそばには、旨い汁(つゆ)が欠かせない。そばの香り、風味を引き立て、そばによく絡み、そばとの調和がよくとれていることが肝心だ。
また、薬味は、そばの風味を増し、食欲を刺激し、そばを引き立てる名脇役でなくてはならない。その役割をみごとに果たすのは、辛味大根であろう。ほかに代表的な薬味といえば、葱、山葵、とうがらしなどであるが、山葵は口直しにちょっと嘗めたり、少量をそばに載せて頂くのがよいだろう。とうがらしは、かけやたねものの甘汁とは合うが、もりそばの辛汁には合わない。
十四、五年前にもなるだろうか、秋から冬にかけて、よく地方のそばを楽しむために歩いたものだ。評判の店と聞いて訪ねたどの店でも、店主の意気込みやそば哲学には、心打たれるものがあり、究められたそばは、極上の雅致の域にあり、それぞれ満足するのだが、わたしの好むありようからは、ややずれるのだ。
そばつゆが違う。たっぷりつけて食べられる汁では、そばの香りに具合よくない。
わたしの思いは、やはり、「並木藪蕎麦」のような、きりりと引き締まった濃いつゆに戻ってゆく。この汁は、熱いそば湯を注いで味わうときすら、まろやかさのなかにも張りのある味を最後まで失うことはないからだ。
| 東京書籍 (著:見田盛夫/選) 「東京-五つ星の蕎麦」 JLogosID : 14071330 |