福神漬け②
【東京雑学研究会編】
§福神漬けは、いつからカレーのおともになったのか?
カレーといえば、赤い福神漬けは付き物のようなもの。鍋と蓋のような切っても切れない関係のように思われるが、カレーはインドから伝わったものだし、福神漬けはいかにも日本の漬物といった感じである。一見ミスマッチのような二つを組み合わせたのは、一体どこの誰だったのだろうか?
この福神漬けがカレーに添えられたのは、実はインドで添えられるチャツネ代わりだったという。そして、明治の半ば、日本郵船のヨーロッパ航路の船の食堂で出たのが最初だったとか。実際に、当時の記録には残っていないものの、客船のコックがそういう証言を残しているので確かなことのようだ。福神漬けの元祖、酒悦のパンフレットの中には「明治三五年から三六年(一九〇二~一九〇三)頃日本郵船のヨーロッパ航路の船の食堂が最初」という記載がある。
欧米人にはピクルスをつけていたらしいが、それは日本人の舌には合わず、福神漬けになったらしい。チャツネ代わりが漬物というのが、いかにも日本人に受けたのだろう。それ以来、二つは切っても切れないコンビになった。
余談であるが、当時、福神漬けは高価だったために、三等客船では沢庵が添えられていたとか。やはり、カレーの刺激の口直しとして、漬物が選ばれるあたりがいかにも日本人の舌という感じがする。福神漬けとのコンビで、カレーは日本人にとって、より人気のメニューに定着していったのかもしれない。
| 東京書籍 (著:東京雑学研究会) 「雑学大全」 JLogosID : 12670820 |