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日本史の雑学事典第5章 政(まつりごと)の巻 > 江戸時代

目安箱
【めやすばこ】

■8 目安箱設置の隠された意図とは?…徳川吉宗が考えた役人監視システム
 1721年閏7月、日本橋に高札が立てられた。
 そこには、庶民に8代将軍・徳川吉宗への直訴を認めるという旨が書いてあった。
どうしても訴え出たいことがある者は、評定所前の箱に、きちんと住所と名前を書いて、訴状を入れよ」
というのである。これが目安箱制度だ。
 将軍様が庶民の訴えや主張に耳を傾けるなど、前代未聞のことであり、まさしく幕政における画期的政策であった。
 吉宗がこうした制度を導入したのは、世間一般から建設的で斬新な意見を求めること、そしてもう一つ、
「近きころ、幾度となく、所々に名もなき捨文して、さまざま事申すものあり」(『徳川実紀』)
とあるように、捨文を防ぐことにあったと伝えられる
 当時、吉宗が断行していた享保改革を批判した紙片を、武家屋敷の門や塀に張り紙したり、道端にわざと落とすことが流行っていた。
 吉宗は、庶民の直訴を許すことによって、こうした所業を防止し、同時に、庶民の政治に対する不満を緩和しようとしたのである
 しかし、目安箱設置の本当の狙いは、そうしたことに加え、幕府の役人の勤務態度改善にあったように思われる。
 事実、吉宗は庶民に対し、
「諸役人をはじめ、私曲(不正)悲憤これ有り事」(『享保選要類集』)
積極的に申し出よと高札に記して、不正役人の摘発に協力を求めているのである
 つまり、庶民の監視によって幕府役人の不正や怠慢をなくし、さらなる享保改革の推進を目指したというわけだ。
 この制度が創設された当初、人々は警戒して、目安箱に訴状を入れようとしなかった。庶民から幕府が信用されていなかった証拠である。  
 が、その年の9月、麻布青山近辺に住む軍学者で浪人の山下幸内という人物が目安箱に投書した。その内容たるや、吉宗の享保改革を痛烈に批判する過激なものであった。
 ところが吉宗は、幸内を罰するどころか、勇気ある発言だと、かえって褒め称えたのである
 だが、どうもこの話は臭い。
 幸内は、吉宗と同じ紀州出身者であったという説もあり、目安箱への投書後、人目を避けるようにして住居を変え、姿をくらましていることから、あらかじめ吉宗と気脈を通じていた可能性が少なくないのである。つまり、幸内という人物は、目安箱を機能させるための、いまで言う「さくら」だった可能性が高いのだ。
 けれども、この幸内上書がきっかけとなって、にわかに目安箱に訴状を投函する者が増えた。
 その一つに、上総と下総に開発できる広大な土地が手つかずになっているという、浪人者の訴えがあった。早速調査をしてみると、確かに東金地方に肥沃な土地があり、その広さは何と5万石以上に上った。いままでその存在を知りながら放置してきたその地方の代官は、幕府によって厳しく罰せられた。すなわち、これこそが吉宗の目的とするところであったわけだ。
 役人たちにとってみれば、目安箱の存在は、職務を遂行していくうえで、強い圧迫感を覚える存在になったことであろう。うっかり不正に手を出したり、怠慢だったりしようものなら、たちまち庶民に暴露されてしまうからだ。
 こんな制度を考えつくとは、さすが名君・吉宗である




日本実業出版 (著:河合敦)
「日本史の雑学事典」
JLogosID : 14625059


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出版社:日本実業出版社[link]
編集:河合敦
価格:1,404
収録数:136語
サイズ:18.6x13x2.2cm(四六判)
発売日:2002年6月
ISBN:978-4534034137

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