5.東家
【あづまや】
北海道、最初のそば屋として、伊藤文平が、屋台のそばの行商を始めたのは明治七年(一八七四)、小樽でのこととされる。幕府の崩壊後、元越前(福井県)の下級武士だった文平は、息子の竹次郎と共に、北海道開拓使が札幌に置かれた明治二年(一八六九)に小樽にやってきた。そば屋の店舗を構えたのは明治十年ごろ、屋号は「やまなか」といった。
小樽は、当時、港として重要であり、日本で三番目の鉄道も開通している。明治三十年(一八九七)、屋号を「東家」に改称する。その五年後、なぜか閉店したが、さらに十年後の明治四十五年〈大正元年〉(一九一二)、釧路で再起した。
この後、釧路が好景気であったため、暖簾分けにつぐ暖簾分けをした。開拓が盛んだったころの北海道の様がうかがえる。
現在、「東家」一門は、釧路、札幌を中心に四十八軒あり、釧路市に近い春採湖畔に門を構える「竹老園」総本店が有名だ。この店の品書きでは、白いそば粉に鶏卵を加えた「蘭切り」、「茶そば」、「そば寿司」に「かしわぬき」(かしわそばのそば抜き)コースが名物である。
| 東京書籍 (著:見田盛夫/選) 「東京-五つ星の蕎麦」 JLogosID : 14071322 |