ピョートル大帝
【東京雑学研究会編】
§人の歯を抜きたくてうずうずしていたピョートル大帝
一七世紀末から一八世紀にかけて、新しい政治形態のロシア帝国を建設して、みずから皇帝と名乗ったピョートル一世は、ロシアの西欧化を決定づけた為政者である。
彼は、若い頃から好奇心に満ちた行動力を発揮し、当時のモスクワ・ロシアの君主であるツァーリになった一〇歳の頃から、外国人集落に出向いては数学や砲術、築城術や造船術を学んで身につけていく。
これがのちにトルコ遠征に勝利を収めさせるという成果となってあらわれるのだが、彼の行動力はさらにとどまることがなかった。二五〇人の西欧訪問大使節団の一員となって、オランダ、イギリス、フランスなどを歴訪するのだ。
このとき、大酒を飲み、バカ騒ぎをしてはヨーロッパ宮廷の人々をあきれさせるのだが、持ち前の好奇心もなくしてはいなかった。ロシアにおける服装の改正、暦法と文字の改正、都市自治の導入、西欧への留学生の派遣など、帰国後に試みた数々の改革も、このときに実感したヨーロッパ文明の具現化だったのである。
そして好奇心の強い彼がこの旅のときパリで身につけた技術に、なんと抜歯術があった。そして帰国後、それを試したくてたまらなくなると、側近の誰かれとなくつかまえては歯を抜き、さらにその歯をコレクションしていたという。
文明の花開いていたパリに憧れ、ベルサイユ宮殿を模した「夏の宮殿」を、首都ペテルブルグ(現サンクトペテルブルグ)に建てたくらいなら皇帝の贅沢として許されもしようが、抜歯の実践だけは関係者にとってがまんの限界を超えたかもしれない。
| 東京書籍 (著:東京雑学研究会) 「雑学大全」 JLogosID : 12670805 |