運命
【東京雑学研究会編】
§ベートーヴェンに「運命」という曲はない!?
描かれた当時は未来の物語だった鉄腕アトム誕生のシーンで、アニメのバックに流れたのが、ベートーヴェンの「運命」だった。ダダダダ~ンで始まる、クラシックファンならずともよく耳にするインパクトのある曲だ。
この曲の正しい名称は、ベートーヴェン作曲の「第五交響曲ハ短調作品六七」であり、「第五」と略称されることもある。ところが「運命」という通称のほうが、すっかり有名になってしまったのである。
これは、ベートーヴェンの弟子であるシンドラーが、「運命はかく扉を叩く」という意味で最初の小節を書いたとベートーヴェンが語ったと人々に伝えたため、テーマが「運命」という曲なのだと通称のほうが通りがよくなったのである。
たしかにインパクトのある出だしの曲には、交響曲の何番という即物的な命名より、「運命」という名前のほうが似合っている。ちょうど彼が耳が聞こえなくなりかけた頃の作品でもあり、彼本人の人生と重ね合わせたときも「運命」の名がふさわしい。
しかし、全部で九曲あるベートーヴェンの交響曲は、五番に限らず「第六交響曲」とか「第九交響曲」という正式名称より、「田園」や「合唱つき」または「歓喜の歌」のような通称のほうがよく知られているし、名前を聞いただけでメロディを耳の奥に響かせることのできる人が多い。
それはベートーヴェンの作曲手法が、一つのモチーフとなるメロディを、曲全体にわたって大きく響かせるため、具体的にその主題を象徴する言葉が、より親しみやすい曲名として有名になる傾向があるのだ。
また別の意味で、正式名称より通称が有名になった曲として、「バイオリン・ソナタ第九番イ長調作品四七」をあげることができる。これは最初、イギリスのバイオリニスト、ブリッジタワーのために書かれたが、二人の相性はよくなかったらしい。のちにクロイツェルに、「世界最高のバイオリニストのために書いた曲だから、これはきみのものだ」と演奏を許したところから、今では「クロイツェル・ソナタ」と呼ばれるようになった。
| 東京書籍 (著:東京雑学研究会) 「雑学大全」 JLogosID : 12670092 |