コーヒー
【こーひー】
■12 日本初のコーヒー喫茶店では席料が必要だった…庶民には馴染みが薄く、2年半で廃業
コーヒーこそ、いかにも舶来物という雰囲気があり、初めて日本に入ってきたのは明治になってからではないかと思ってしまう。だが、これもまた江戸時代には、もう渡来していたらしい。
蘭学者・林蘭梯が書いた『紅毛本草』(1783年刊)には、コーヒーを意味するらしい『古闘比伊』という言葉が紹介されている。また、文政年間(1820年代)に来日したドイツ人の医師シーボルトは、その日記に「日本人はとてもコーヒーが好きだから、これを輸入したら大儲けできるだろう」といった趣旨のことを記録している。
日本初のコーヒー店は、1886年に開店した東京・日本橋の洗愁亭と吾妻亭の共同経営店だとされ、それから2年後の1888年、コーヒー喫茶として東京・下谷黒門町に「可否茶館」が誕生している。
当時は、コーヒーを飲むのに、席料も徴収された。「可否茶館」では、コーヒー1杯2銭、これに菓子がつくと3銭、さらに席料も1銭5厘取られたという。現在の価格にすれば、コーヒー1杯千円程度であろうか。
まあ、これくらいの価格なら、庶民の手が届かない範囲だとは言えない。ただ、コーヒーを飲むという習慣自体がまだ定着しておらず、可否茶館はたった2年半で閉店してしまった。
1911年には、松山省三という洋画家が、東京・銀座に「カフェ・プランタン」という喫茶店を開いた。このネーミングは、近代演劇の先駆者・小山内薫によるもので、この店にはたくさんの作家や芸術家たちが集ったと伝えられる。
| 日本実業出版 (著:河合敦) 「日本史の雑学事典」 JLogosID : 14625113 |