親鸞①
【しんらん】
■1 親鸞上人は実在しなかった?…浄土真宗開祖の不明な足跡
ちょっと考えられない話だが、明治時代のある一時期、浄土真宗の開祖である親鸞の実在が否定されかけたことがある。
当時は、親鸞の存在を証明できる物的証拠が皆無に等しかった。その時分の親鸞に関する史料は、浄土真宗の教団内部のものばかりで、朝廷や貴族の記録(外部史料)からは、その足跡を記したものを見出すことができなかったのだ。
また、覚如(本願寺3代法主)によって書かれた最古の伝記『親鸞伝絵』は、親鸞入滅と言われている1262年から30年以上経って編まれたもので、始祖の生涯を伝説化した虚飾的な内容であった。そのため、明治の歴史家たちは、その史料的価値を認めようとはしなかったのである。
なかには、親鸞という聖人は、覚如が本願寺の威厳を飾るために作り上げた架空の人物だと断言する学者さえいた。つまり親鸞は、危うく歴史から抹殺されようとしていたのだった。
だが、1920年、辻善之助博士の『親鸞聖人筆跡之研究』という著書により、親鸞の筆跡が明らかにされ、親鸞直筆の著作や書簡が数多く確認されたほか、教団外からも親鸞の筆跡を示す新史料が発見され、ようやく親鸞の実在が証明された。
それ以後、親鸞研究は飛躍的な発展をとげたが、それは主に思想面に関することで、1921年に西本願寺で親鸞の妻・恵信尼の書状10通が見つかるという画期的な成果があったにもかかわらず、親鸞の確かな足跡については、いまだによくわかっていない。史実に基づく伝記を書くなら、原稿用紙10枚もあれば足りてしまうくらいである。
| 日本実業出版 (著:河合敦) 「日本史の雑学事典」 JLogosID : 14625090 |