火時計
【ひどけい】
線香やロウソクを利用した火時計
◆教会の鐘は祈祷の合図だった
敬虔なイスラム教徒は、いかなる場所でも定時がくれば必ず大地に身を投げだして礼拝を始める。アッラーへの帰依、断食や巡礼などとともに、一日五回(夜明け・正午・午後・日没・夜半)の礼拝が義務づけられているからだ。イスラム教の安息日である金曜日の正午には集団礼拝が行なわれる。これはキリスト教における日曜ミサに相当する。
カトリック教会においても毎日、時祷あるいは時課と呼ばれる定時の祈りが定められていて、中世ヨーロッパにおいては時刻制度のかわりになっていた。これは教会時法と呼ばれ、七世紀頃から教会が祈祷時刻を鐘で知らせるようになった。教会の鐘はもともと時刻を知らせるのが目的ではなく、時祷の合図だったのである。
毎日定時の祈祷においては、福音書の抜粋や聖母マリアへの祈祷文などが載った時祷書が使われる。時祷書にはキリスト教の祭日や聖人祝日などが記載されたカレンダーページというものがあり、のちに民間の年中行事や農業暦、季節暦なども記載されるようになった。いわばヨーロッパの暦本であり歳時記である。
◆江戸時代の遊郭で使われた線香時計
仏教においても「六時礼讚」という古くからの行法がある。六時とは一昼夜を六等分した晨朝・日中・日没・初夜・中夜・後夜のことで、この六時に念仏・読経することを六時礼讚という。晨朝は明六つ(夜明け)の時刻、日没は暮六つ(日没)の時刻である。
奈良・東大寺の二月堂では、毎年、三月一日から修二会と呼ばれる法会が営まれる。有名な「お水取り」はこの修二会の行法の一つであるが、最も重要なのは二月堂において一四日間にわたって続けられる六時の勤行である。
六時の勤行においては、時香盤と呼ばれる香時計が使われる。これは四角い木箱に灰を入れ、その上に抹香をW字型に敷いたもので、W字の端から火をつけ燃焼の進み方によって時刻をはかる。文字盤はないが晨朝・日中・日没・初夜・中夜・後夜の時刻にあわせて金串が目印として立てられるので一日時計の役割を果たす。
江戸時代の遊郭でも線香時計が使われ、線香が燃えつきるごとに揚代・花代(遊戯料金)が加算されていった。そこで揚代・花代は線香代とも呼ばれた。ロウソクも時計がわりに使われたが、昔はロウソクは高価だったので、利用は宮廷や教会、寺院などに限られた。
| 日本実業出版社 (著:吉岡 安之) 「暦の雑学事典」 JLogosID : 5040078 |