脳ドック
【のうどっく】
毎日の診療の中で、「自分が老後ボケてしまい他人に迷惑をかけてしまうのではないか」「脳卒中で突然倒れてしまわないか不安だ」とよく聞かされます。これは、誰もが毎日抱いている心配です。
脳の病気を早く発見して、早く治療ができればよいという希望のもとに、わが国では1996年に脳ドック学会が設立され、本格的に「脳ドック」と呼ばれるシステムが始まりました。ドックでは、脳卒中(脳梗塞・脳出血)や脳腫瘍、認知症などの早期診断を目的とし、様々な検査を組み合わせて脳の状態を調べるものです。通常は脳のMRIを中心とした検査が行われ、このほか、血液検査、心電図、眼底検査などの結果で、脳の形態と機能を評価します(MRIは脳の形態をみるもので、MRAとは、脳や頸部を走る血管の形状をみる検査のことです)(表:脳ドックの検査内容)。くも膜下出血の原因となる脳動脈瘤も、これらの検査で発見されることが多く、脳動脈瘤が見つかった場合には早期治療(脳外科的治療)を勧める施設が多いようです。また高次脳機能障害である認知症(痴呆)の早期発見を目的として、高次脳機能検査を取り入れている施設も多くあります。
脳血管性認知症(痴呆)においては、動脈硬化の予防など認知症(痴呆)の進行を防ぐための治療が期待されています。つまり、脳ドックは病気が発症する前に病気を治すという予防医学の概念を、脳の診断・治療に取り込んだものです。
脳ドックはこれまでの約10年間は脚光を浴びてきましたが、最近ではそのあり方を考え直す動きもあります。脳の比較的浅いところにある病気は手術が行いやすく、無症状で社会復帰することも可能です。脳の病変(脳動脈瘤も含む)が深い場所にあった場合には、手術自体の危険性も高く、脳ドックを受診する前は何の症状もなかった方が、手術後に神経症状を残したり、最悪の場合には死亡するケースもあります。そのため脳ドックで動脈瘤などが見つかっても脳外科医は安易な気持ちで患者さんに手術をすすめるべきではないという警鐘的な意見も学会では出されているのも事実です。今まで何でもなかったあなたのご家族が、脳ドックを受けたことから病変が見つかり、手術を脳外科医が安易にすすめ、気楽な気持ちで手術を受けた結果、障害を残して社会復帰できなかったり、亡くなったりしては困ります。したがって、脳外科医とって最も重大なことは、治療の必要性・妥当性・危険性を十分理解してもらえるように患者さんおよびご家族に話し、その上で期待にそえるように安全でスタンダードな治療を行うことだと思われます。 (工藤千秋)
| 寺下医学事務所 (著:寺下 謙三) 「標準治療」 JLogosID : 5036572 |