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道と路がわかる事典4章 道の由来と文化 >

松並木
【まつなみき】

海の上に松並木、どのようにして生まれたのか天橋立

道は本来、人為的に造られてきたものである。当然、並木も人間が丹精を込めて植えて生まれたものだ。美しい並木が自然にできるはずはない。ところが、自然の成せる業で、海の上に自然の道ができ、その道の上に松並木まで出現したという世にも不思議な景勝地がある。日本三景の一つとして有名な天橋立である
天橋立は、宮津湾と阿蘇海を分けるように細々と伸びている砂州で、全長約三・六km。幅は広いところで一七〇m、狭いところでは二〇mほどしかない。この砂州上に、見事な松並木が延々と続いているのである。天橋立は四〇〇〇年ほど前から形成されはじめたといわれる。平安時代にはすでに景勝地として知られ、歌にも詠まれている。それにしても、自然の産物にしては、あまりにも大きな人類への贈りものであった。
では、なぜこのような美しい砂州が海の上に生まれたのだろうか。そのメカニズムを簡単に説明すると、まず海流によって大量の土砂が、宮津湾内に運ばれてくる。この土砂は、普通なら海岸に打ち上げられ、美しい砂浜が形成されるはずなのだが、湾内には野田川や男川など、いく筋もの川が注いでいる。雨が降れば川の流れも激しくなり、勢いよく海に吐き出される。その川の水流によって、湾内に運ばれた土砂は沖合いに押し返される。海流はその土砂を再び湾内へ運ぶ。川の流れは再度押し返す。この両者の絶妙な自然の働きによって、天橋立という見事な砂州が宮津湾内につくられたのである
だが、天橋立も戦前に比べるとずいぶん形が悪くなったという。戦前までは、もっとスリムで、弓なりの美しい曲線を描いていた。それがなぜ変形してしまったのか。川の上流にダムが建設されたり、砂防工事や護岸工事が原因だったのである。これらの工事のため、天橋立への土砂の供給が減った。そのため、海流による浸食と、土砂の供給とのバランスが崩れた。砂州は痩せ細り、このまま放っておくと、砂州が消滅してしまう恐れさえ出てきた。この危機を打開するために、海流の上の方から土砂を投入するという方法がとられた。大量の土砂が毎年投入され続けられた。しかし、自然の力に人間の知恵もおよばなかったのである何とか砂州消滅の危機は脱したものの、砂州は否な形に変貌してしまったのだ。だが、天橋立の天下の奇観はかろうじて保つことができた。
砂州上には五〇〇〇本以上の松の木が生い茂っている。この松は人間が植林したものではない。多少人間の手は加わってはいるが、大部分は自然発生的に生えてきた自然の松並木なのである。また、天橋立には府道「天橋立線」が通じており、この道は「日本の道一〇〇選」にも選定されている。




日本実業出版社 (著:浅井 建爾)
「道と路がわかる事典」
JLogosID : 5060069


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出版社:日本実業出版社[link]
編集:浅井 建爾
価格:1,620
収録数:255
サイズ:18.6x13.4x2cm(-)
発売日:2001年11月
ISBN:978-4534033154

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