要介護高齢者の口腔ケア――口から食べること
【ようかいごこうれいしゃのこうくうけあ――くちからたべること】
日本では高齢化が進み、2020年には老人(65歳以上)の人口割合は27%になると予想されております。高齢化するに従い、口腔も老化していきます。歯が抜け、顎の骨も吸収し(溶けて薄くなる)、唾液の分泌量も減り味覚が変わるなど、いろいろな変化が現れてきます。
介護されている高齢者にとって、口から物を食べることは非常に大切なことです。管を通しての経管栄養や、点滴による経静脈栄養と違って、口から食べることは空腹を満たし栄養を補給するだけでなく、「よく噛み、よく味わい、食の楽しみを感じて食べる」という本能を満たす、根本的な欲求を満たすものであり、それができないと、人は時として生き甲斐を失い、生きる意欲さえなくしてしまうともいわれています。また、口から食べることは「食事を作った人」「食べるもの」「食べる人」「食べさせる人」各々のふれあいがあり、「おいしそうに食べている高齢者」を見ることは、介護をする人や周囲の人々にとっても、心温まる、楽しいものです。このように、口から食べるということは、高齢者にとって自分自身の健康を保ち、これからの人生を楽しむことができ、身の回りのいろいろなことに意欲を持って生きていくための基本となり、生きる大きな力となります。まさに、「全身の健康は口腔から」であり、高齢化するにしたがって、より以上に口腔に関心を持つことが重要であるといえます。
介護されている高齢者を見ますと、自分で入れ歯などの手入れをしているうちはよいのですが、それができなくなると、入れ歯を口の中に入れっぱなしにしてしまい、汚染されたまま放っておくことになります。その結果、入れ歯の汚れによる口内炎や、歯周病、カンジダ症などの感染を起こします。また、唾液の分泌が減るので口腔内が不潔になりやすく、免疫が低下していることもあって細菌の繁殖が盛んになり、それが原因となって嚥下性肺炎や、心内膜炎、敗血症など重篤(じゅうとく)な全身性感染疾患を起こすことにもなりかねません。舌苔(ぜったい:舌の汚れ)も多くなり、これもまた、口臭の原因になります。
歯科医師、歯科衛生士による、定期的な口腔内のチェックはできるだけ受けるようにすべきです。しかし、介護されている高齢者は、自分一人で歯科に通院することもままならず、また、歯科医の往診治療はいまだに十分とはいえない状況です。したがって、できるだけ家族や周りの人が介護のなかで口腔内を清潔に保つよう、工夫することが重要となります。入れ歯をきれいに洗って、口の中もガーゼや綿などで消毒し、舌苔も拭ってきれいにするだけでも、そうすることにより、ホームにいる高齢者の発熱者が減少したり、口臭がなくなり、皆が生き生きとしてきたり、肺炎が減少してきたという事例はあちらこちらでみられています。
このように、いつも清潔な状態にしてある口から物を食べられるよう、要介護高齢者の口腔ケアを積極的に行うことによって、介護されているご本人のみならず、介護している家族や周りの人、介護施設内全体においても衛生環境がより良くなり、介護されている高齢者のQOL(人生の質的レベル)もかなり高くなるものと期待されます。 (岩佐俊明)
| 寺下医学事務所 (著:寺下 謙三) 「標準治療」 JLogosID : 5036634 |