歯欠損(歯抜け)
【しけっそん(はぬけ)】
Missing Tooth
人の永久歯は、親知らずまで入れると全部で32本あります。1本ぐらいなくなっても、まだたくさんあるからと思っているうちに、次々と悪くなります。第1大臼歯(だいきゅうし)が1本ないだけで、咀嚼(そしゃく)の効率は40%も低下します。一口30回噛んでいた人は、50回噛まなくてはならないことになります。咀嚼や嚥下(えんげ:飲みくだし)は反射運動ですから、それほど長く嚥下しないで噛むことは至難の業(わざ)です。したがって、噛みつぶさないまま飲み込むか、軟らかいものだけ口にするようになります。
歯がなくなっても義歯を入れればいいと考える人が多いのですが、義歯を入れても元の自分の歯とすっかり同じになるわけではありません。例えば総義歯では、よい条件の顎(あご)によくできた義歯でも、自前の歯で噛む時の50%程度しか噛めません。普通はせいぜい25%程度でしょう。
親知らず(智歯(ちし))を除けば、永久歯は全部で28本あります。そこで、自分の歯が20本以上残っていれば、とりあえず義歯を入れなくてもほとんどすべての食品を咀嚼することができるという観点から、80歳になったときに20本以上自分の歯が残っているようにしようというスローガン「8020運動」(はちまるにいまるうんどう)が1989年から始まりました。この運動が始まった当初は80歳の人の歯の数の平均は4本しかありませんでしたので、20本なんて夢物語だと専門家の間でも思われていたのです。
わが国の歯科の実態を把握するために、厚生労働省は6年ごとに「歯科疾患実態調査」を行っており、その調査結果が平成24年6月に公表されました。それによると(図:自分の歯を20本以上もつ者の年齢階級別割合(%)の推移)、40歳以上で20本以上の歯を有する人の割合は、全年齢階級で前回の平成17年の結果より増加しています。とくに、60歳以上の人々の増加率には目を見張るものがあります。そして、平成23年の8020達成者は28.9%となり、前回調査の平成17年の21.1%から大きく好転していました。いよいよ夢が現実のものに近づいてきました。そこで、意を強くした厚生科学審議会は小宮山厚生労働大臣(当時)に、8020達成者の割合を平成34年度には50%にする数値目標を具体的に答申しました。
抜歯をすることになった原因の大きなものは、歯周病とむし歯です。この両方で全体の75%になります。ここ数年国民の歯に関する関心が高まり、かかりつけの歯科医を定期的に訪れて、検診と歯石除去、歯磨き指導などの歯周病とむし歯予防の実践的な知識やテクニックを身に付けた人が多くなりました。このことが抜歯が少なくなった原因と思われます。
8020運動は、単に歯の数だけを重視していますが、自分の歯ならどんな状態でも義歯よりよく噛めるわけではありません。とくに極めて重症な歯周病にかかっている歯の場合には、抜歯をして義歯にしたほうがよく噛めるのに、いつまでも自分の歯にこだわって抜歯を回避し、いよいよ本人が諦めたときには、その歯を失うだけでなく、その歯を支えてきた顎の骨がすっかり吸収してしまって、義歯を入れることが難しくなっていることがあります。専門家の意見をよくお聞きになって、あるところまで来たら抜歯を受けいれる柔軟な心構えも必要と思われます。
| 寺下医学事務所 (著:寺下 謙三) 「標準治療」 JLogosID : 5035517 |