エリザベス女王
【東京雑学研究会編】
【雑学大全】 ヒトの不思議 > 人物
一六世紀後半に活躍し、生涯独身を通したことでも知られるエリザベス一世(在位一五五八~一六〇三)は、イギリス史上最高の名君だと評価が高い。彼女の「私は、国家と結婚した」という言葉は、あまりにも有名だ。国民も彼女のことを「処女王」と呼んで慕った。たしかに、二五歳で女王に即位した後、スペイン国王・フェリペ二世の求婚を退けるなど、国政への熱意は相当なものだったようだ。
しかし、こんな噂がある。実はエリザベス一世には「隠し子」がいたというのだ。父親の名はエリザベス一世の寵臣レスター伯ロバート・ダドリー。彼は名家出身で、政治的手腕を買われて出世。ダドリーにはすでに妻がいたが、そんなことにはお構いなしで二人は深い仲になったという。
一五六〇年九月、ダドリーの妻が階段から落ちて亡くなるという事件が起きる。これは事故として処理されたものの、ダドリーがエリザベス一世の意向を受けて妻を殺したものだという噂が広まる。エリザベス一世は、そんな噂もどこ吹く風。レスター伯への寵愛は、相変わらずだった。事の真相はともあれ、そんな噂が立つようでは、女王の結婚相手としてふさわしいわけがない。周囲のものたちが二人の結婚に断固として反対するのも当然だろう。さらに、その後なんとエリザベス一世は妊娠し、ひそかに出産。その子どもはアーサー・ダドリーの名で、ダドリーの子として扱われたという。
エリザベス一世が独身を通したのは、当時は諸国間の争いが激しく、どこかの国の権力者と結婚すれば、その国と敵対する国と対立関係になってしまうからとも言われている。しかし、隠し子の噂が本当なら、愛を貫いた女王ということにならないだろうか。
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