牛海綿状脳症(BSE)とプリオン病
【うしかいめんじょうのうしょう(びーえすいー)とぷりおんびょう】
【標準治療】 コラム > 話題の疾患
■■牛海綿状脳症概説■■
1986年に英国で初めて報告された牛の病気です。数年から5~6年にもわたる長い潜伏期の後、行動異常(突然攻撃的になるなど)や運動障害、けいれん等の症状が急速に進行し、早ければ症状が現れて数週間、長くても半年以内には死亡してしまう病気です。脳が海綿状に変性しているのが特徴で、BSEとは牛海綿状脳症、Bovine Spongiform Encephalopathy の略称です。上記のように異常行動がみられることから「狂牛病」(mad cow disease)とも呼ばれています。BSEはプリオンと呼ばれる病原体が原因となっていることがわかっています。
プリオンは、これまで知られている細菌やウイルスなどの病原体とはまったく性格の異なる病原体です。細菌はもとより、構造が極めて単純で細胞と呼ぶことのできないウイルスでさえ、自己を複製するために必要な情報を遺伝子として持っています。そして生物に感染するとこの遺伝子を使って自己を複製し、自分の仲間を増やそうとします。これに対してプリオンは遺伝子をまったく持たず、基本的にはタンパク質のみからなる病原体であることが明らかになってきました。
プリオンについてもうひとつ重要な事実が明らかにされています。すなわち、牛はもとより、ヒトを含めたすべての哺乳類はプリオンタンパクを体の構成成分として持っていることが確認されたのです。現在のところ、正常な動物でのプリオンタンパク(正常プリオン)の果たす役割にについてはっきりしたことはわかっていませんが、脳の機能を保つ上で何らかの役割を担っているものと考えられています。これに対してBSEなどの病気の原因となるプリオン(これを異常プリオンと呼びます)は、正常プリオンとは異なる立体構造を持つことが明らかにされています。
■■プリオン病概説■■
牛の体内に侵入した異常プリオンは、牛の体内で作られる正常プリオンと接触し、これを鋳型にして正常プリオンの立体構造を異常プリオン型に変えてしまいます。細胞の中では通常、古くなった正常プリオンはすぐに分解され、新しい正常プリオンと入れ替えられますが、異常型の立体構造に変えられてしまったプリオン(すなわち異常プリオン)は、古くなっても分解されにくくなることが明らかになりました。その結果、細胞の中に異常プリオンが多量にたまることとなり、ついにはその細胞を死に至らしめることになります。このような現象がとくに脳で顕著にみられ、脳の細胞が多量に脱落して海綿状になってしまうのがBSEであると考えられています。BSEのように異常プリオンが原因となって起こる病気を「プリオン病」と総称しています。
■■牛以外の動物にもみられるプリオン病■■
古くから羊には「スクレイピー」と呼ばれる病気が知られていましたが、これは羊のプリオン病です。羊に全身のかゆみ、けいれん、運動失調などがみられる致死性の病気です。BSEは羊のスクレイピーの原因となる羊の異常プリオンが、牛に適応して起こった病気であると考えられています。西欧では羊などの残骸を粉砕、処理して牛などの家畜に餌として与えてきました。この中におそらくスクレイピーの羊の残骸が混入していたために、羊の異常プリオンが餌として牛に繰り返し与えられることになったわけです。そのうちに羊の異常プリオンの中に牛に適応して感染するものが現れ、その結果、牛の正常プリオンが異常型に変えられることによってBSEが発生することになったと考えられています。このほか、猫、ミンク、シカなどでもプリオン病が知られています。
ヒトに関しては、以前からクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)と呼ばれるプリオン病が知られていました。CJDの原因はいまだ不明ですが、CJDのプリオンが他のヒトの体内に入るとCJDが感染します。このほか、BSEがヒトに感染して起こった可能性のあると考えられている変異型CJDと呼ばれるプリオン病が、1990年代以降、英国を中心に発生しています。変異型CJDでは、通常のCJDと発症の年齢、症状の進行、脳波所見などに違いがみられます。 (渡邊卓)
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「標準治療」寺下 謙三 |
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