第一次世界大戦から100年
【だいいちじせかいたいせんから100ねん】
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2014/7/28で、第一次世界大戦開戦から100年を迎えた。当時のオーストリア・ハンガリー帝国が、隣国セルビアに宣戦布告した日とされる。開戦のきっかけはそのちょうど一か月前に起きた「サラエボ事件」で、民族主義者のセルビア人青年がボスニアのサラエボ(現ボスニア・ヘルツェゴビナの首都)でオーストリア皇太子夫妻を射殺したことによる。セルビアは、オーストリアが突きつけた最後通告の中身をほとんど受け入れ、事件の一定の責任を認めたが、オーストリアは回答を受け取ってすぐに国交を断絶し、宣戦布告に至った。争いは二国間にとどまらず、一週間後にはオーストリア、ドイツの同盟国側と、この二か国とバルカン半島で勢力争いをしていたロシア、およびフランス、英国の連合国側との間で全欧州を巻き込む大戦に発展した。この急拡大の背景には、台頭するドイツと、これを警戒する英国やフランス、ロシアなどの対立が絡み合っていたと考えられている。同年8月23日には日本が、イギリスとの同盟を理由にドイツに宣戦布告。さらに1917年4月には、国内の革命で帝政が倒れたロシアが戦争から離脱したのと入れ替わりにアメリカが参戦。こうして戦争は世界規模のものとなる。最終的には戦死者は約1000~1500万人、戦費は800億ドル以上にのぼった。英国やフランス、イタリアなどの犠牲者数は第二次大戦のそれを大きく上回り、イギリスでは今も「The Great War(大戦争)」という呼び名が残る。1918年、戦争は連合国側の勝利で終わる。日本も戦勝国に名を連ねることになった。1920年、戦争を二度と起こさないよう国際連盟が発足し、日本も常任理事国として参加するが、その後二度目の大戦が起きてしまったことは史実で明らかになっているとおりである。
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